キリマンジャロは標高六〇七六メートル,雪に覆われた山で,アフリカの最高峰と言われている.その西の山頂は,マサイ語で "ヌガイエ・ヌガイ",神の家と呼ばれているが,その近くに,干からびて凍りついた,一頭の豹の屍が横たわっている.それほど高いところで,豹が何を求めていたのか,説明し得た者は一人もいない.『キリマンジャロの雪』アーネスト・ヘミングウェイ,1936,高見浩訳,新潮文庫.
あまりにも有名なこの一節で始まる『キリマンジャロの雪』は,悪気なき旅が,時として理不尽な結末に辿り着きうることを示した作品である.豹は,恐らく自分でもどこに来てしまったのか,分からぬうちに死んだ.
そのキリマンジャロから,雪が消えるそうである.
キリマンジャロ 雪細る万年雪 温暖化、世界遺産に被害(asahi.com)
それと同時に,雪の中にひっそりと埋もれていた,あのヘミングウェイの豹も消えるであろう.そしてキリマンジャロは最早,僕らに人生の難しさを教えてくれはしない.このこと自体が,我々がすでに「どこに辿り着くか分からぬ旅」へと彷徨い出てしまったことを,端的に示しているように僕には思われる.
道を誤るよりなお悪いことは,それが分かっていないことだ.
上の記事によれば,キリマンジャロから雪が姿を消すまで,15年ほどの時間が残されているそうである.ヘミングウェイと彼の豹が,二度目の死を迎えるかどうか,その選択は僕らの手に委ねられている.





